大切すぎて気付かなかった。
大きな、大きな壁。
それすら見失ってしまうほどに、君を愛しているんだよ。


まだ私が5歳だった時、初めて彼女に逢った。
まだ生まれてまもないというのに、雨が降っている中捨てられていたのを見つけたらしい。
何の気まぐれなのか、あの紅家当主がその赤子を拾ったという噂を聞き、面白半分の兄上達に連れられ見に行った。
生死を彷徨っていたらしい彼女は、私が見たときは既に回復していてガラス越しに銀色の髪を揺らせ、きゃっきゃと声を上げてこちらを見て笑っていた。
とても胸の奥底が熱くなった。

それからというもの良く彼女に逢いに行ったものだ。


「しゅ、え!」
けたけた笑いながらたどたどしく歩く絳攸に、こっちだよと両手を広げてやる。
そうすれば、また愛らしい笑顔を綻ばせこちらへと向かってきてくれる。
初めは紅家当主である黎深殿も鬱陶しそうに私を見ていたが、
私が帰ろうとするたび絳攸が大きな声を上げ泣くのでしぶしぶと言った感じでお許しが出たみたいだ。

己惚れてもいいだろうか。

しかし、そう上手く事は運ばなかった。
藍家が倒産したのだ。
我侭し放題していた父が金を使いすぎたのだ。
無尽蔵のようにあった金。しかし果ては来るもの。
気付いた兄達が何とかしようとしたが、手遅れだったらしい。
藍家が倒産した事は確かに重要な事だ。
これから忙しくなる。
でも、私は何より彼女に、絳攸に逢えなくなる事だけが辛かった。

「絳攸、今日でお別れみたいだ」
いつもの様に軽く、冗談めかして言ってやれば菫色の瞳が大きく見開く。
「な…んで?」
初めて逢った時からもう、6年も経っている。
私より五つ下の彼女。
太陽の光にあてれば七色の光を宿す銀の髪は腰まで伸びていて、いつも長い髪を頭の上で縛っていた。
振り返り様に揺れる髪を目線で追う。
「ちょっと家が大変な事になってね、しばらくは忙しくなりそうなんだ。」
絳攸は私の頬に手で触れると、くしゃっと顔を崩して唇を噛み締め今にも溢れんばかりに瞳一杯、雫を宿した。
案の定すぐにぽたぽたと溢れ出した彼女の頬に伝う涙を親指の腹で拭ってやる。
「…泣く、な?」
言われて、自分が泣いていた事を知った。笑っていたはずなのに。
君の前では笑って別れようと決めていたのに。
「こ…ゆ…ぅ」
普通に名を呼んだつもりが、しゃくりのせいで上手く喋れない。
こんなに泣いた事等あっただろうか。
「行くな、行かないで…。」
ただでさえ濡れている瞳を揺らせて縋る様にしがみ付いてきた絳攸は糧が外れたように一気にわんわんと泣き始めた。
私は彼女を力の限り抱きしめる。
離すまいと。




絳攸のおかげで藍家にも復興の兆しが見えた。
どうやら絳攸が黎深殿に頼み込んでくれたらしい。
兄達は最初は嫌がっていたが、それも私や父(結局は父が勝手に受け取った形になるのだが…)の説得でなんとか好意を受け取ってもらえた。

しかし条件付だ。
私が絳攸付きの執事になること。
私も初めは何の気なしに絳攸の傍に居られる事が嬉しくて、ただただ喜んでいた。
しかし気付かねばいけなかったのだ。
黎深殿がつけた絳攸と私との線引きを。
雇われの身である事を。














藍家ファン、スミマセン!ごめんなさい!!

取りあえず続けますが…スミマセンー…