中学3年の夏。
楸瑛が最近余所余所しくなった。
聞けばあの胡散臭い笑顔で「そんな事ないですよ」だ。
知ってるか。お前、前までは敬語なんて使わなかったんだぞ。
「楸瑛!」
俺はイライラしていた。
どうして急に…。
否、急じゃなかったんだ。
俺が気付かなかっただけで、本当は俺が小学校を卒業したあたりから様子がおかしかったんだ。
「なんでしょう、絳攸お嬢様?」
またあの胡散臭い笑顔。
一応楸瑛は大学に通っている。
やはり、藍家に返してもらえないのが辛いのだろうか。
「言いたい事があるならハッキリ言え!!」
フンっと鼻息荒く捲し立てるようにいってやれば、最初は漆黒の瞳をパチパチと瞬かせていたが、すぐにまたあの作り笑顔を貼り付ける。
「言いたい事、ですか?特に何もないですよ。」
ぐっとじんわりと広がる涙を堪える。
「馬鹿!阿呆!!お前がその気ならこっちだって覚悟があるんだからな!!」
音を立ててドカドカと階段を上ると下の方から「もう少し静かにお嬢様。はしたないですよ」と声がかかる。
「五月蠅い!!」
振り返り様に長い髪が鬱陶しいくらいに揺れるが、気にせずに言ってやればまた笑ってやがる。
お前なんか知らない!
翌日の夕方。
先に帰っていた俺に会うと楸瑛は目を見開いた。
すぐさま駆け寄って俺の髪に細くて長い指を通す。
「絳攸、髪は?」
楸瑛は動揺のあまりかタメ口と呼び捨てだった。してやったり。
にやっと笑ってやるが、自分が何を言ったか自覚が無いようだった。
「見て解からないか、切ったんだ。」
「解かるけど!!」
悲しそうに俺の髪に触れている。
知ってた。楸瑛は俺の銀色の髪が好きだって事くらい。昔、言われた覚えもあった。
はっと自分が俺に触れて居る事を自覚して慌てて手を引っ込める。
その行動にチクリと胸が痛む、やっぱり駄目か。もう、俺なんかどうでもいのか。
途端に悲しくなって唇を噛み締める。
「お前が悪いんだ。私を避けるから。」
俺の言葉にピクっと反応を見せる。
「お前が悪いんだ!!」
どうして。どうして。なんで?
やっぱり俺が迷惑なのか。
「しゅぅ、えい!!」
悲しくなる。どうしたらいいのか解からなくなる。
溢れ出る涙を止められなくて
楸瑛は俺の頬に伝う涙を拭ってやろうとしたその手を宙で止め、下ろした。
絶望。
俺の事なんて本当にもうどうでもいいんだな。
「お前なんか知らない!」
全部、楸瑛のせいにして俺は逃げた。