絳攸が「私」と言った事に悲しくなった。
解かっていたつもりだった。
いつかはこの日が来ることを。
ただもう少し先だと思っていた私が甘かったのだろうか。
絳攸が行儀作法を覚えていた時、私達は約束事をした。
私の前だけでは在りのままで居て欲しい、と。
それから絳攸は私以外の人の前では自分の事を「私」と言うようになり、私と二人だけの時は「俺」と言うようになった。
それが嬉しくて、自分だけが特別なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。
あれから半年くらいたっただろうか、何も進展もなくただ時は過ぎた。
「絳攸お嬢様、今日は卒業ですね。」
私が運転する車の中で絳攸はうとうとしていたようだが、私のかけた言葉で目が覚めたのか、ふと視線を上げた。
「ああ、そうだな。」
そう、あれから絳攸の態度が変わった。
無視をする事はないが私の言葉にそっけなく返し、普通の日常会話も減っていた。
私が招いた事なのだけど…グッと胸が締め付けられる。
絳攸は高校も楽々入学し、それから一月程経っていた。
「お嬢様、今日もですか…?確かに明日は学校が休みですが…。」
静かに咎める様に言ってやればツンっと横を向く。
「お前には関係ない。私にだって友人との付き合いがある」
最近の絳攸は、帰宅時間が深夜と言っても過言ではないほど遅かった。
遅くなると言う電話はあるのだが、帰りは大体タクシー。
(運転手の話では絳攸の説明が下手なのか、ここに着くまで一時間以上かかると言う)
電話してくれれば迎えに行くと言う私の言葉も無視をする。
仕方ない。
次の月曜は学校に行って無理やりにでも連れて帰らねばと思う。
翌日は絳攸がなかなか起きて来ない事に不安を覚え見に行ってみれば
未だすやすやと寝息をたてていた。
窓が開いているのか、レースのカーテンが春の風に揺られてふわりと舞う。
足音を忍ばせてベッドに腰を下ろし、うつ伏せに寝る絳攸の前髪を少しだけ触れてみる。
久しぶりに触れる彼女の髪はやはり光に照らされて尚、美しい。
優しく髪を梳いてやると、気持ち良さ気に擦り寄ってくる。
口元に笑みを零して前髪をどけるように撫でてやる。
そうすれば、やっと彼女の顔が見えてくる。
長い睫毛のせいで頬には影を作っていて、トクトクと鼓動が早くなる。
いつの間にこんなに綺麗になったのだろうか。
今なら、言ってもいいだろうか。
誰も聞いては居ないだろうか。
否、絳攸だけには聞いて欲しい
私は…
「愛してるよ、絳攸」