昨日から絳攸の様子がおかしい。
声を掛けようとすれば足早に自分の部屋へ戻り、目が合えば逸らす。
ここまであからさまに避けられた事は無かったのに…。
チラとバックミラーを覗き込めば頬を染め、ずっと下を向いている。
今日、何かあるのかな。
学校へ着き車を停めると絳攸は何も言わずにドアを開けた。
待って、と声をかけようとしたがその隙を与えはしないと言うように、
絳攸だとは思えないくらいの早業で去って行く。
そんなに私と一緒に居るのが嫌?
私は君の親に気嫌いされようと、雇われてるという立場だろうと
君と一緒に居られるならどんな立場でも良かった。
君をただ想う、それだけで幸せだったから。
”執事として”ならば君といつまでも一緒にいられるのが許される。
それなら、それに縋るしか私には出来ない。
ねぇ、絳攸。もう私は君の傍に居てはいけないのかな。
学校が終わる時間に迎えに行けば、ちょうど絳攸が友人と並んで歩いていた。
金髪の男は紫劉輝。
あの若さでこの世で最も大きな会社である彩雲国グループの社長を勤めている。
前までは就きたくない社長職を無理やりやらさせられ、
嫌々やっていたようだが紅秀麗殿のおかげで今は真面目に仕事に取り込んでいるようだ。
年は絳攸より3つ下だが、早く社長にさせたい者達が裏から手を回したようで中学を行かずに高校に行っているようだ。
なかなかの天然ぶりで、とっても気さくな方だと思う。
私にも慕ってくれているようで嬉しい。
その隣に居るのは静蘭。
はっきり言って私より年上のはずなのに何故か絳攸と同じ学年に居る。
何がしたいの。静蘭…。
静蘭は劉輝様の兄だが、社長の椅子を争っていた親兄弟達の策略により紫家を追い出され
路頭に迷って居た所を秀麗殿の父君、邵可様に拾われた。
それからは名を変え自分の身分を明かすことなく弟を見守っているようだ。
絳攸は劉輝様を叱り付けながら歩き、
劉輝様はしゅんっと頭をたれ、只管謝っているようだった。
それを傍観していた静蘭がこちらに気付いたようで視線がかち合った。
瞳の奥底で笑われた気がした。
そのまま静蘭は絳攸へと手を伸ばすと、
いつの間にか銀の髪に絡まっていた葉を掴むと己の口元へもっていき
その葉に”貴女には絳攸様を手に入れるのは無理ですよ”と、
あてつけるかのように口付けをおとした。
ズクズクと私のどす黒い気持ちが渦巻くのがわかり拳を握り締めた。
絳攸は呆気にとられていたが、正気を取り戻すと
頬を真っ赤に染め上げ、静蘭の持つ葉を奪い取るように、静蘭の手から取り上げると地面へと投げ捨てる。
絳攸はにこにこ笑う静蘭を怒鳴りつけながら、足早にヅカヅカこちらへ歩いてくる中、
劉輝様は私に気付いたようで、2人と同じ歩幅で私の方へ向かってきた。
ふと絳攸の瞳が私に向けられた。
驚きに菫色の瞳を2、3度瞬きした後、足を止める。
「楸瑛…。」
何で此処にいるのかと問うような瞳。
「さぁ…絳攸お嬢様、帰りましょうね。」
…私は、しっかり笑えていただろうか。