「絳攸お嬢様、帰りましょうね。」
確かに口元は笑っていた。
でも楸瑛の全てを蔽うような漆黒の瞳が睨むように俺を見ていた。
声が、上手く出ない。
手が震える。こんな楸瑛…楸瑛じゃない。
それでも懸命に声を絞り出した。
「わ…たしは、まだ」
”帰らない”といい終える前に強く腕を引かれた。
「さぁ、車へ。」
楸瑛はドアを開け俺を押し込むように入れると、すぐにドアを閉められた。
すぐに出ようと震える手でノブを掴み、押してみたのだが外側からのロックなのかビクともしない。
外は楸瑛の背であまり見えないが、劉輝様と静蘭が楸瑛に何かを話しているようだった。
窓をバンバンっと拳で殴ってみるがドアは開けてもらえないまま楸瑛は運転席に乗り込んで来た。
心配そうにこちらを覗きこむ劉輝様と目が合い、ぎこちなく笑ってやれば安心したのか笑顔が返ってくる。
静蘭はじっと楸瑛見ているようだった。
楸瑛は車を走らせた。
俺はシートを掴み身を乗り出すように楸瑛を覗き込む。
「楸瑛!お前、何のつもりだ!?」
俺の問いに無言で返すと、楸瑛は車の速度を速めた。
「うわ」
急の出来事に、体が後ろへ倒れこむ。
後頭部を多少ぶつけたようでズキっと鈍い痛みが走るが、それもすぐに収まった。
「楸瑛!」
声を荒げても何も言わぬ楸瑛にどうしたらいいか解からなくて
瞳にうっすらと溜まり始める涙を袖で拭うと、自分に泣くな、泣くなと
暗示をかけるように心の中で呟く。
仕方なく窓を覗けば見慣れぬ景色。
いつも学校への登下校でこの道は通っただろうか…。
知らない公園で止まり、楸瑛は降りず
無言のまま運転席に座っていた。
気が付けば外はもう
オレンジ色に染まっていて、大きくて真っ赤な太陽が海へと沈んでいく。
「……ぅ…」
蚊の鳴くような声で何かを言った楸瑛へ顔を向ける。
呼ばれたのか?
「しゅ…ぇい?」
名を呼んでみた。
でも、彼の反応は無くて。
一体何がしたいというんだ!?
むすっと剥れた顔をすれば、
前みたいに
笑ってくれるんじゃないかって少しだけ期待して…。
楸瑛はふいに外へ出ると
扉を開け、こちらへ手を差し伸べてくる。
「絳攸…、出てくれるかな?」
夕日のせいで
あまりみえなかったけど、楸瑛の顔は少し、
悲しそうだった。